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マネートリビア

現在の日本の硬貨は丸い形をしています。提案したのは誰?

現在の日本の硬貨は丸い形をしています。提案したのは誰?

  1. 大隈重信
  2. 福沢諭吉
  3. 渋沢栄一

※答えは一番下にあります

日本のお金が現在の「円」になったのは明治初期

江戸時代までの日本の硬貨には、楕円形や四角形などさまざまな形状のものが存在していました。しかし、明治以降、硬貨の形はすべて円形に統一されました。これは、1869(明治2)年に当時の大蔵参与であった大隈重信が、円形のほうが四角形に比べて扱う際に便利であり、角がないため摩耗が少ないといった理由から円形への統一を政府に建議したためと言われています。

そもそも、現在の日本の通貨単位である「円」になったのも明治初期です。1871(明治4)年に政府が「新貨条例」を発布したことにより「円」が定められました。江戸時代から明治初期にかけては、品位(金や銀の含有量)や重量の異なる金貨、銀貨、銭貨が混在しており、近代的な貨幣制度を構築するうえで大きな課題となっていました。明治政府は貨幣制度の整備を進め、品位と重量を揃えた新しい貨幣を鋳造するため、大阪に造幣局を設立しました。

「円」という名称の由来については正確な記録が残されていないものの、造幣局のWEBサイトでは「硬貨の形が丸いから」「当時、香港で流通していた銀貨に円という単位が使われていたから」という説が有力と紹介されています。

このように、私たちが日常的に使用している貨幣には、制度や歴史に裏打ちされた興味深い背景があります。たとえば、硬貨の「表」と「裏」について、造幣局では作業上の都合で年号が刻まれている側を「裏」、その反対側を「表」と扱っていますが、法律でその区別が明確に定められているわけではありません。

また、硬貨のデザインには長らく人物の肖像が用いられてきませんでした。明治政府が新しい貨幣を発行する際、欧米諸国にならって元首である天皇の肖像を入れる案もありましたが、「現人神とされる天皇の肖像が人々の手に触れるのは恐れ多い」との理由から見送られ、代わりに龍の図案が採用された経緯があります。

なお、硬貨は造幣局でつくられますが、製造された時点では通貨として使用することはできません。製造された硬貨は、財務省を通じて日本銀行に納められ、「政府から日本銀行への貨幣の交付」をもってはじめて発行されたことになります。一方、紙幣である日本銀行券は国立印刷局でつくられ、日本銀行が発行する流れです。お金が私たちの手元に届くまでには複数の機関が関わっているのです。

造幣局のWEBサイトでは、貨幣に関する素朴な疑問がQ&A形式でわかりやすくまとめられています。普段何気なく使っているお金ですが、その形や仕組みに目を向けてみると、日本の制度や歴史が反映されていることが見えてくるでしょう。

日本の貨幣が流通するまでの流れ

日本の貨幣が流通するまでの流れ
出所:造幣局WEBサイトの内容を基に作成

極端に摩耗・変形・変色した硬貨は、再使用不可能な「流通不便貨」として、一定量が溜まると造幣局に戻され、再び貨幣の材料となるよ

答え:①大隈重信

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